「腐った市場」という概念の試み

今さらですけど、こんなニュースがありましたね。
清水建、「マイカル大連」工事費訴訟で敗訴確定(NIKKEI NET)

【上海=川瀬憲司】中国遼寧省の大型商業施設、「マイカル大連商場」の工事費用の残金支払いなどを巡り中国で争われていた裁判で、清水建設の敗訴が確定したことが17日分かった。清水建は契約書などを根拠に支払いを求めたが認められず、逆に約20億円の支払いを命じられた。今後、日本のゼネコンの中国事業参加にも影響を及ぼす可能性もある。
 清水建は「契約も残高確認書も全く無意味という事態は経験がなく、どうにも理解し難い判決」(広報部)としている。
 判決は中国の最高裁にあたる最高人民法院が昨年12月26日に言い渡した。同法院は2004年12月29日に遼寧省高級人民法院が下した判決を全面的に支持。一審と同様、清水建に対し、工事費用の過払い分の払い戻しや欠陥工事の修理費用などに加え、二審の裁判費用全額の支払いを命じた。二審制をとる中国では清水建の敗訴が確定した。

どんな事情でこんな判決が出たのかわかりませんが、「賄賂が足りなかったんじゃ?」という感じです。
まあ冗談はおいておいても、日本のゼネコンが中国で建設事業を展開する気があるなら、もともとリスク覚悟だったんだよね?といいたいところではあります。というのも、中国は外国企業が国内工事を直接受注することを禁じていて、ゼネコンはだいたい現地企業と合弁会社を作ります。この時点でトラブル発生の確率は格段に上がっているし、裁判を起こしても待っているのは恣意的な法律運用です。
これは中国某省の課長さんから聞いた話ですが、今の中国の古株の裁判官には、退役した人民解放軍の軍人も多いそうですね。退役後の職業斡旋に困った中国共産党が、とりあえず裁判官にでもしておけ、という例もかなりあったとか。当然、最近は法曹教育に力を入れてだいぶ人材はましになってきているそうですが、それとて2000年代から始まった改革のようです。つまり、中国で商売相手ともめて法廷に行ったはいいけど、順法意識なんてはじめからないベテラン裁判官に出くわす可能性(ちょっと強烈な表現ですが、事実です)は少なくありません。
スーパーゼネコンの海外事業担当役員が「もう二度と中国なんか行かねえ。技術だけ盗みやがって」と怒ってましたが、それでも大成建設が中国事業を拡大するといってみたり、なんていうか懲りないものだなと思います。だいたい、北京五輪と上海万博が終わったらどう考えても建設需要は減るわけで、いまさら市場参入の拡大なんて遅いんじゃないか?という気がしますけどね。それにこの会社さんは、中国よりもアルジェリア道路工事の赤字の心配をしたほうがいいなあ。来年度の終わりぐらいじゃありませんか。


今の中国は、少なくとも部分的に「腐った市場」ではないか、というのが私の感想です。
ここでいう腐った市場というのは、確かに購買意欲があり賃金も上昇し、それなりに大きな市場規模に成長している。けれど、常識的なマーケットとして成立するためのコンプライアンス意識や予見可能性を欠いており、最低限度の安全なビジネスが展開できない。つまり、銭勘定では絶対進出したいけど、手を出してはいけない。「おいしそうだけど食べちゃだめ」なマーケットと定義したいと思います。あとあと、条件をもう少し厳密に考えたいですけど。
冒頭の清水建設のニュースでわかるように、中国にはビジネス上のトラブルを公平に解決できるセーフティがない。一見あるように見せかけているし、日常的にはごく普通にビジネスをできているように見えます。ですが、Youtubeを見る程度の自由も認めない一党独裁体制の下、いざとなると法規そのものすらどう変わるかわからない不安定さです。それに、いかなる国内の大企業であっても、共産党組織を内に抱えて究極的な独立性を保障されていない。
WTOに加盟したことで中国への直接投資は急増したわけですが、このプロセスは朱鎔基の奇才があって初めて成立しえたことなんじゃないかと思ったりします。倫理のりの字もないのに無理やり投資に煽り立てられてめっちゃくちゃな国内市場を、どうにか海外基準に合わせていこうなんていう努力はほかの凡人には無理なんじゃない?みたいな。
そもそも、今のチベット問題で北京五輪のスポンサーがイメージ低下に困っているように、中国の優れた市場を「腐った市場」にしている要因は、経済にまつわる法律や制度だけじゃないですしね。彼らも中国の成長性に賭けて北京五輪のスポンサーになったわけですけど、みごとに腹痛を起こしてしまった。これが深刻な食中毒になっても、残念ながら同情できませんが。


膨大な不良債権を持つとされる金融などのほかの要素を入れれば、いかに中国が腐った市場かはもっと明瞭になるのではないかと思います。ここで大切なのは、腐った市場は本来、市場としてとても価値が高いということです。ですが、その市場を腐らせている要素がある。逆に言えば、その腐らせている要素を除去すれば、クリーンな市場としてとても有益になる。
そんな風になってくれれば、日本にとってもどれほどすばらしいことだろうと思いますけどね。


そういえば、馬英九氏が圧勝した台湾総統選のひとつの焦点が中国経済との関係拡大だったそうですが、正直台湾はメインランド中国よりシンガポールやタイ、ベトナムといった東南アジア諸国との経済交流を強化したほうが、リスクヘッジが利いてよさそうな気がしますけどねえ。台湾の人々も一見優良そうな中国市場に幻惑されて、ということなんでしょうか?