これってさ

聖子議員 第3子の漢字は「朱李埜」

橋本氏は夏冬計7回五輪に出場。すべて五輪イヤーに出産しており、シドニー五輪の00年に女児、アテネ五輪の04年に男児を出産し、それぞれ、せいかちゃん、亘利翔(ぎりしゃ)君と名付けた。5日の森派の総会で、第3子について、今年2月のトリノ五輪にちなみ「とりの」と名付けることを報告していた。

「とりの」って読むらしいんですけど、森派の総会で名前を報告って。
これってさ、まさかとは思うけど自分の子供を知名度向上のために利用してるんじゃないよね?
彼女の政治家としてのアイデンティティーなんて元五輪選手だったぐらいのもんでしょう。
子供にこんな名前をつければ、そういう自分をさらにアピールできるよね。


一方さくらちゃん募金の話は、むしろ子供を利用しているとは考えられない気がします。
「身銭切れ」心臓移植希望の女児支援HP、中傷相次ぐ(Yomiurionline)


女性週刊誌のページ1
女性週刊誌のページ2


この話こそ、格差社会の枠組みで捉えられるべきものじゃないでしょうか。
今回の件は、ある公共放送のプロデューサー夫妻が、社会の大多数が自分たちの10分の一の年収で生きてるって現実にまったく無感覚だったってことなんだと思います。
この上田という夫妻は別に詐欺なんてやらかすほどの悪人じゃなくて、持ち家あり年収は豊富という現在の生活レベルが当たり前になりすぎてたんじゃないかと。老い先短い自分たちが、将来にあくまでその生活レベルで子供を生かしてあげることに固執したあまり、自分たちの出費をケチった。「救う会」のメンバーもご夫妻と同じような生活レベルだったので、その出費のケチり方に違和感を感じなかった。その上で、インテリ特有の人道趣味も混じって一般募金なんていう「美しい行為」に出たんでしょう。
現在の格差社会が、かつては総中流の母体で育ったはずの日本人に確実に意識の差を生み出している証拠なんじゃないかと思います。


上田御夫妻にお薦めな戦略としては、募金の対象をまず公共放送の職員のみや仕事仲間、知人など同じ生活レベルの人間だけに限るべきでした。ご夫妻とも放送業界で30年近くやってきたのなら、関係先も含めれば数百人ぐらいリストアップできるはずです。彼らなら、一口10万円ぐらい出すのに抵抗も少ない。また、「持ち家をなぜ売らない?」とかいった「みみっちい」批判の出てくる余地は少ないでしょう。
まだ一般募金にこだわりたいなら、上のやり方で集まりきらなかった残りを一般募金にすればよかったのです。まあ、手遅れですけど。


しかし、いくらご両親の思慮が浅かったとはいえ、お子さんに罪はありません。
こんな形で集まった募金であっても、さくらちゃんが助かるのなら、結果的にはよいものなのだと思います。
親の罪は子には及ばない。ぜひ元気になってほしいと思います。そのうえで、さくらちゃんの知らない場所で、ご夫妻なりのけじめをつけてほしいもんです。