夢とストーリー(後編)

今日未明のサッカー日本代表・サウジ戦を見てなにげに眠いんですが、なるべくさっさと書いてしまおうと思う。


私が体験したイギリス留学は、はなはだショボいものだった。
前にも書いたとおり、新卒で入った会社を辞めて将来に何の確約もなくイギリスへ渡り、何とか学位をとると運良くとある会社に拾っていただいた。お役所や企業で競争を勝ち抜いてロハで留学したわけでもなく、国内大学院で優秀な成績を残して在外研究をしにいったわけでもない。
で、こうした体験は時系列に沿って、1.留学前 2.留学中 3.留学後にステージ分けできる。前回もそうだが、私が私費留学とそうじゃない人と区別して繰り返し書いてるのは、両者では各ステージでの身の振り方が全く異なるからだ。もちろん、私費留学者のほうがリスキーだし、私が体験したのも私費留学だ。なので、各ステージについては社会人の私費留学にフォーカスして話を進めたいと思う。


最初のステージは、留学前だ。留学前に、どういう考えで臨んだほうがいいのだろうか。
まずはっきりしているのは、「英語を勉強しに行くだけの留学は、あまり意味がない」ということ。英語の勉強なら、リスニングも会話も込みで日本でできる。おそらく塾や教材の活用によって、海外に一度も行かなくてもTOEICで900点以上取る人もいるだろう。英会話だって、何も英会話学校に行かずともパブやサークルに入って実践できる。衛星放送でリスニングも鍛えられる。
さらに持っておくべき認識として、「社会人や20歳超えて海外に英語の勉強に行く程度の語学力を、再就職先の会社はそれほど高く買わない」ケースがほとんどだと思う。商社・金融はもとより、海外に関連する企業でしっかりしたところなら、幼少から海外ですごしたような人間を多く抱えている。わずか2年かそこら英語圏に行って、そうした人間たちに太刀打ちできる語学力が身につくだろうか?太刀打ちできなければ、会社はその語学力を有意なものとみなさないのではないだろうか。
留学では、なんのために海外に行くのかが大切、といわれる。このアドバイスを私なりに噛み砕くと、「英語以外の何かを海外で磨き、深めるために留学する必要がある」となる。すでに社会人であれば、英語以外の何か、とは「留学後」を見据えたものでなければならないだろう。私の例で言うと、それは経済法の知識だった。英語はもとより、海外で国際的な経済法の勉強をし、その分野でプロとなれる素地を作っておきたかった。
私の本職は、法律とは全く関係がない。だが、いやだからこそ、他者にはない希少価値を付けたくて法学修士を選んだ。留学後の再就職を考えると、そういう選択をするべきだと思った。もちろん前編でも書いたとおり、そんなキャリアで大学院の授業についていくのは大変だったけど。それはさておき、できれば社会人で大学院などへ私費留学される方は、留学後に再就職競争を勝ち抜くため確実に役に立つ方向性で、留学する/しない、また留学先や志望の大学・学科を決められるのをおすすめする。夢を追うのも一つだが、当然それは大きなリスクを伴う。


そして、留学中。良くも悪くも、メンタルケアが大切だろう。自分の芯の強さが問われる、というか。
私はあまり語学が堪能ではなかったので、授業についていくのが大変だった。CBT-TOEFLは、大学院の基準が甘かったので243点しかとってなかったし、恥ずかしながら海外旅行にも一度も行ったことがなかった。
ただ幸いだったのは、夏に語学コースに通ってできた友人たちが、かなり支えになってくれたことだ。私はいわゆる「無条件合格」だったので、夏の語学コースに通う必要がなかった。ただ、人間関係をそれなりに作れればいいかなあと思ってなんとなく参加した。後から思うと、これがとても大きな影響を及ぼした。いろいろ大変なこともあったけど、夏に知り合った友人たちの幾人かとはいまだに交流が続いている。
語学もそうだし、外国人文化の中で戸惑うことも多い。だから、日本人でもアジア人でも、とにかく親しく話せる友人を作るのをお勧めする。MBAやLL.M.の場合、プラグマティックな考え方に徹しきれない人は、コース外の友人を作ることがとても大切だろう。ビジネスや法を勉強しに来ている外人は、ほかの学部よりことのほか実利的で冷徹な側面を持っている。そんな中でいくら友人づきあいをしても気が休まらない、と感じる可能性もありうる。
そんな場合は、ソサイエティに入るなりフランス語とか関係ない勉強をしてみるなりして、ほかの学部の友人を作るのが有効だ。先ほどあげた法やビジネスと、心理学や○×療法のような学問の生徒では、外人でもキャラクターがまるで違う。そうした交友関係でストレスを吐き出して、さくさくと勉強をこなしてしまうのが一番だ。なかなか見つからなければ、親や日本の友人を頼るのもいいだろう。
ここであれこれ遠慮するのは、もったいない。留学前に決めた動機に沿って勉強をするのが、このステージでは一番大切なことだ。何かストレスを抱えたらとにかく発散してしまうべきだし、長引くトラブルがあればさっさと切り捨てることが最善だと思う。いや、自分の経験を振り返って。優先順位の問題ですよね。「言うは易し行なうは難し」ですけど。


最後に大切なのが、留学後だ。社会人の私費留学であれば、このステージのためにすべてが準備されてきた、と考えたほうがいいのではないかと思う。
留学後にフリーで働く人は別として、日本で企業に(特に外資ではない日本企業に)就職したいと考えている場合、留意する点が二つあると思う。一つは、「ここは日本だ」とはっきり認識すること。外資系企業以外の日本の会社では(外資系だって買収合併されていたらわからない)、面接官にイギリス流の考え方は通用しない。自己アピールや個人主義よりも、礼儀と元気のよさと謙虚さ、気遣いがとても重視されるだろう。キャリアや能力そのものの審査に加えて、会社と交わす面接日程のメールのやり取り、終わったあとのお礼状、書面の筆跡や文章の適切さ。そんなことがポイントになってくる可能性も低くはない。
間違っても、海外留学したという経験を鼻にかけてはだめだ。能力やキャリアを臆せず正直に伝えることは大切だが(時に堂々と誇張する必要さえあるかもしれないが)、それを価値観に持ち込んではいけない。英語と学業を学んできた、という事実と、「だからお前らより俺はできるんだ」といったプライドは切り離されるべきなのだ。特に少し古い会社の場合は、自分の価値観を振りまくよりも面接官への敬意を大事にする必要がある。「職場での協調性」の審査項目は、出願者の能力を見るのと同じぐらい尊重されているだろう。
二つ目は、「ストーリーを作る重要性」についてだ。再就職の面接で、自分の能力や仕事への自信・適正をしっかり伝えることは重要だ。その上で大切になってくるのは、社会人の私費留学の場合必ず聞かれるであろう「なぜ海外に?」という質問への回答だ。
面接とは限られた時間の中でのプレゼンテーションだ。その中で、膨大な過去の情報の中から取捨選択し、相手に抵抗感なく、かつ印象的に訴えかける自分の「物語」を作り出すことがとても大切だと思う。留学してやってきたこと一つ一つは、おそらくそれ自体でとても意義があることだろう。しかし、それを面接中にただ羅列するだけでは、第三者にその意義が十分伝わらない可能性がある。だから、持っているたくさんの情報に緩急を付けて、相手が納得しやすい脈絡をはじめから整えてしまうことだ。もちろん、薄っぺらい物語に納得する大人は少ない。厚みのある、突っ込みどころをつぶしにつぶした物語がいいだろう。
当然、物語だから印象的で感動的である必要がある。プロジェクトXのようなものだ。しかし、無理やり美談を捏造しなくても、わざわざ海外に行って苦労して帰ってきているんだから、なにかしらの切実さ、ドラマ性があるはずだ。最初のステージ「留学前」にしっかりと考えていたなら、そして「留学中」にそれをしっかりこなしてきたなら、自然とそういう感動的なドラマが出来上がっているはずだ。もちろん、それを面接でとうとうと披露しては、かえって逆効果。それはさきほどの「相手への気遣い」からすればNGな行為だ。だから、相手の質問に乗る形で、相手に自分の背景を印象付けていけばいいのだろうと思う。


以上、三つのステージに分けて、自分が経験したことをもとにあれこれ感想を書いてみた。非常に限られた経験を基にしていて、あまり役に立たないかもしれない。それに多分とても不完全だと思う。大事なことに気がついたら、別項で書き足していきたい。
いずれにせよ、今後イギリスへ留学される皆さんが、夢を持って行動し、留学後も力強くそのストーリーを語って多くの人に受け入れられますように。